2013年09月01日

【鏡音リン】ポートレート【オリジナル】



ものすごく久しぶりに動画を上げました。
アコースティックなミドルチューンにのせてリンちゃんが歌う、ちょっぴりほろ苦い恋の歌。

昨年秋に制作した鏡音ミニアルバム「the Portraits」の1曲目であり表題作でもある楽曲になります。
「記憶」というテーマでアルバムをまとめようと思い立ったのはこの曲の詞がきっかけなので、思い入れのある楽曲です。

動画のイラストは、なじょさんに描いて頂きました。
表情豊かなリンちゃんがとても可愛いらしいです。

お時間の許すときにご視聴頂けたら嬉しいです。


とりとめのないことをひっそりと。

唐突ですが、私は、写真を撮ることがあまり好きではありません。映る方ではなくて、撮る方。
その時楽しかったり、景色がきれいだったり、そこにカメラを構えて写真を撮るっていう動作を加えてしまうのは、『その時』の楽しさが半減してしまうような気がして。
私が子どもの頃、遠足や修学旅行なんかに持っていけるのは使い捨てカメラだったのですが、あの頃あれでちゃんと映したいものを真ん中に収めるっていうことがなかなか上手くできなくて、それ以来写真を撮ることに苦手意識を抱いてしまった所為もあるのかなーと思ったりします。
そうはいっても振り返ったときに全く写真が残らないというのも悲しいので申し訳程度には撮ったりするのですが、同行者がいれば大抵その人に任せてしまいます。
…ぶっちゃけていってしまえば、面倒くさがりなだけともいう。

「ポートレート」の歌詞は、そんな自分の写真嫌いにふと思いを馳せて生まれました。
『今』を犠牲にして、『あの時』という写真を残すことのジレンマ。
それから、写真で振り返る記憶というのはたぶん『あの時』そこにあったほんとうの出来事や風景とは少し違っているんだろうな、ということ。
考えを広げていく中で、『写真を撮ること』と『歌を作ること』がどこか似ているんじゃないか、と思ったこと。

私は『誰かの物語』を借りて歌を書くことが多く、自分の感情や経験をそのまま歌詞にするということはほとんどありませんでした。
描きたい感情があったとしても、それを『誰か』のものとして描くために『私』とはかけ離れた物語を与えてしまう。
自分の物語として歌を書いてみようと思ったことは実は何度かあって、けれど言葉や音のアプローチを試行錯誤するたび、やっぱり届かないな、と思ってやめてしまう。
『言葉にすれば嘘になる』と思ってしまう。

それでもふと考えてしまうこと。
ほんとうの気持ちに届かなくても、少しだけ嘘でも、形にすればそれは残る。
形にしなければ残らない。

好きだった『君』を『言葉にすれば嘘になる』と、形にすることをただ真摯に避け続けてきた『私』の結末は、少しほろ苦いものになりました。


創作をお休みするようになって、ふと振り返ってみて、描いてみたいと思った『あの時』の気持ちは、やっぱりもう完全には思い出すことができない。
確かにそこにあったはずの、生まれるはずだった物語の世界。

届かなくても、少しだけ嘘になっても、やっぱり私はあの世界を手放したくない。
そう思ったら、ほんの少し、伸ばした手が何かを掴んだ気がしました。
それは『あの時』の私が創りたかったものではなく、ほんとうのあの世界にはやっぱりもう戻れないのかもしれない。
それでも、言葉に、音に、形にしなければ、なんにも残らない。
嘘でもいいから少しでも掴まえて、なにか残しておきたい。
お休みするようになってから、ふと、昔創ったものに気づかされることがあります。

『あの時』の延長線上にあるはずだったnanami/ナナミPという名前で創れるようになるまでは、まだ時間がかかりそう。
あるいは、やっぱりこの場所にはもう二度と戻らないのかもしれない。自分でも先が見えません。
それでも、『創る』という感覚を少しずつ思い出せてきているような気がします。

いつかまたどこかであえますように。
posted by nanami at 19:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック